2013年04月29日

ワン・ビン(王兵)監督の映画『三姉妹〜雲南の子』予告編

何割かの人間はこういう状況を強いられている、13億のうちの一割かもしれないがそれでも一億人だとするとちょっと大変だ。

3人目も女児、母は村を出た=山岳地の厳しい現実−ワン・ビン監督インタビュー

映画「三姉妹〜雲南の子」のワン・ビン(王兵)監督=8日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム
 母はいない。父は出稼ぎ。中国南部雲南省の標高3000メートルを超える山岳部で、4〜10歳の子供3人だけで暮らす毎日を記録したドキュメンタリー映画「三姉妹〜雲南の子」が5月に日本で公開されるのを前に、中国からワン・ビン(王兵)監督(45)が来日、一人っ子政策に反してでも男児を欲しがる農村で「3人目も女児だったとき、母は村に居られなくなった」と過酷な生活の背景を語った。都内で8日、時事通信の取材に応じた。

 監督が子供だけで暮らす家を見つけたのは2009年。尊敬していた作家の墓参りの帰り道だった。フランスの会社の協力を得て翌10年秋〜11年春、北京と雲南省を往復して撮影を続けた。
 3姉妹は10歳、6歳、4歳。風呂もトイレもない環境だった。母が村を出た背景には「貧しいからこそ男手がないと苦しい」農村の現実があり、「(跡取りとして)何とか男の子を産んでほしい」という期待に追い詰められた結果だった。

 「映画を政治的手段にはしたくない」と社会矛盾の告発とは一線を引く。だが、華やかな中国の経済発展とは裏腹の厳しい実態を撮影し続け、撮影されたものは「紛れもない中国の現実」。映画は「撮影された人物の人生を、見る側も同時体験できることが重要だ」と、ドキュメンタリーの意義を訴える。

 監督の映画は、中国当局の許可を得て撮られたものではないため、中国での公開は難しい。これまでの作品も「中国の会社からは一銭ももらっていない。全部、外国の会社から」という状況だ。

 監督は撮影終了後、行方不明だった3人の母親を12年末、ラオス国境に近い村で見つけ出した。既に再婚し、新たに2人の娘がいたという。(2013/04/08-20:17)



映画『三姉妹〜雲南の子』予告編



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2013年04月23日

上海・江南周遊7日間の旅

今年(2013年)になってから上海・江南周遊ツアーにいってきた。1月なんでけっこう時間が過ぎたのだがとりあえず報告しておこう。おおきな地区でいうと 上海→蘇州→無錫→杭州→紹興→上海 なんだが、いった観光地でいうと蘇州(千灯古鎮)、錦渓、無錫、烏鎮、紹興、杭州、西塘、七宝鎮、上海ということで、それぞれ間の観光地は駆け足である。

個人的には錦渓、紹興、西塘あたりのまだまだ未開発の素朴な雰囲気を堪能したいと思うのだが、ツアーの宿命ゆえわがままは許されない。

まあ、今回のツアーはホテルはどこも豪華で正解であった。特に最初に止まった蘇州邪都大酒店は蘇州の中心の運河からは、すこし遠くだが、部屋や朝食は上等だった。

朝食バイキングにはラーメンなど普通の小麦粉の麺とそばの麺があった。それ以外にもあった気がするが、ともかくそばの麺がどのていど食べられているのか気になった。時間があれば全部食してみたい。



トリップアドバイザー「蘇州雅都大酒店 Aster Hotel」
http://www.tripadvisor.jp/Hotel_Review-g297442-d661306-Reviews-Aster_Hotel-Suzhou_Jiangsu.html
四星ホテルである。

まあ激安ツアーでこれだけのホテルに泊まれて良い、難は蘇州の街から遠いこと。

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初日は時間がなくて、近くの屋台の串焼きなどを食べる。ホテルの脇に夜になると道に屋台がちらほら出てくる。外灯が少なくて暗いがけっこう集まっている。夜遅くまでやっているコンビニ風商店があるのでそこで酒を購入してホテルで飲む。

なにかで読んだ本に蘇州は死んだ街だ、ということを書いてあった。要するに世界遺産の庭園がある関係で、街中心を規制して保存しているのだが、それは発展を阻止・阻害しているわけで、事実あたらしいビルなどは街はずれに区画整理してつくられている。

これはヨーロッパの街などとも共通しているのだろう。しかし、人間じたいは生活し活動しているわけで、博物館のような状態であるわけではない。そこには人間の生産・活動サイクルが存在している。その意味で人間の生活や活動の調整は必要だろう。死んだのか生きているのかという判断が適切なのかどうかわからないが、
ある段階で環境を保存するために、何かを「死なせる」必要があるのだろう。

その意味で地味で白壁と黒い瓦でできたモノトーンの街の風景は、変わり続ける中国の市街地とは違ったものであり、伝統的な中国の街並み、それが観光の目玉でもある。

たとえば蘇州の繁華街である観前街なども、他の中国の繁華街よりもだいぶおとなしく、ネオンサインの存在や照明の光量が少ない。かなり周囲が暗めなのである。これも意図的にそうしているのか、なんらかの規制が存在するのかは判らないが、いくぶんトーンの低い歓楽街が蘇州っぽいことは間違いない。

蘇州の繁華街にある歩行者天国「観前街」でシャオチーと買い物を楽しもう。
http://www.cool-shanghai.com/sightseeing/sightseeing.php?id=02561

观前街





posted by rosta at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月06日

裸と肉体の表し方―「生人形」見世物としての身体

宮下規久朗の『刺青とヌードの美術史―江戸から近代へ』(NHK出版 2008年)を読んでいるが、なかなか面白い。
今日本ではヌードが特別な存在ではなくなった。もちろんヘアと性器についての規制はあるが、ネットではそれが安々と乗り越えられてしまうし、一般的に裸については抵抗感は薄れてきていると思う。

著者は、そもそもヌードが西洋に固有の芸術で「裸体が美術のテーマになるということ自体が、肉体を人格や精神と切り離した物質として見なす伝統のある西洋のみに見られるきわめて特殊な考え方」(P.11)としている。

そしてケネス・クラークを引用して「英語で裸という場合にはネイキッドとヌードがあり、芸術として見られることを意識した理想化した形体」という見方を紹介している。

日本では、幕末から明治にかけて見世物として人間をリアルに再現した「生人形」という彫刻があり、これは庶民の好奇心を満足させるリアリズムであり、西洋的な完璧な肉体を賛美・追及するものではなかった、明治になってから西洋に学ぶようになり、それまでの日本社会での裸体のありふれた日常を、西洋風にするため裸体風俗を取り締まるようになった、という。

「生人形」についての記述は残念ながら少ないが、西洋の概念の「裸」と日本の「裸」の違いをするどく指摘している。

テレビ東京の番組でも「生人形」の番組(2013年1月26日)があり、面白いものだったが、なかなか「裸」の概念の違いを説明するまでにはいたらなかったようだ。

「生人形」は木製で見世物興行のためか中は空洞で驚くほど軽く、組み立て式であったという。

安本亀八 「相撲生人形」(「美の巨人たち」テレビ東京)
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/130126/index.html

安本亀八 「相撲生人形」
画像は熊本市現代美術館

熊本現代美術館のブログ
http://www.camk.or.jp/blog/index.php?eid=3




posted by rosta at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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