2014年03月27日

『ゴジラとは何か』ピーター・ミュソッフ著/小野耕世訳(1998年 講談社)

『ゴジラとは何か』ピーター・ミュソッフ著/小野耕世訳(1998年 講談社)アメリカにおけるゴジラ映画とゴジラというキャラクターの受容を描いた本。
批評家のスーザン・ソンタグは東宝の特撮映画などをキッチュと類似する概念として「キャンプ」という言葉を提唱した。
この本のなかでゴジラというものが、それに近いものとしてアメリカでは受け止められている。具体的にはベンという東部に住む平均的な大学生の手紙を紹介して、多くのアメリカ人はゴジラ映画は「ガラクタ」の集約であるという。「低予算と短い製作期間によって生み出された製作者の創意工夫、心意気、愉快なナンセンスを楽しみたくて」見るのだという。(P20)
他にも対抗文化との関連(アメリカのファンはヒッピー的な人)、他者としての東洋(日本の象徴)としてみる、核エネルギー=近代文明批判、オリエンタリズム、悪のイメージとして描かれる等々…。

この本はハリウッドでゴジラがつくられた後に書かれたために、ハリウッド版ゴジラについて言及するなかで、アナログゴジラを擁護している。ゴジラの醍醐味は「ミニチュアの都市、乗り物などの模型と、そこをボディ・スーツのゴジラがのっしのっしと歩きまわるという、この上ない楽しさにあったのだから」と日本のオタクたちとほぼ同様の視点で魅力を感じている。


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2014年03月26日

相倉久人『至高の日本ジャズ全史』

相倉久人『至高の日本ジャズ全史』(2012年 集英社新書)は変な本である。タイトルだけをみると日本ジャズの通史のような気がするが、そうではない。

戦前のことがまず少ない、二村定一や川畑文子など数名の名前が挙げれるのみ、ごく簡単に触れておなざりな記述である(基本的に知らないのと調べる気もないのでは…)。そして一気に戦後の話になる、著者が体験した1950年代のジーン・クルーパのエピソードが語られる。そう、これは個人の体験でみた極私的ジャズ史なのである。

その意味では60年代からのフリージャズなどの新しい動きに対するかかわりなどの事例には事欠かないようで、なかなか面白い。しかし70年にはジャズや文化活動に興味を失い(著者の言)。それによりこの流れは頓挫してしまう。というか中断してしまう。

本来はフリージャズでもシカゴ派やヨーロッパでの展開、それ以外にもマイルス動きやファンクなどの再評価などそれぞれ興味ぶかいのだが、著者の範囲外にある世界だ。

あくまで個人のかかわったジャズという理解でしかない。最後に何故かミュージシャンの菊池成孔との対談が納められているが、これも蛇足感がある。興味を失った時点で終了してよかったし潔い良いという印象だったのだが。






タグ:ジャズ 音楽
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『言語都市・上海』藤原書店

『言語都市・上海』藤原書店(和田博文他著 1999年 藤原書店)
上海という近代都市の形成期を日本の文学者のかかわりなどの視点から描いた本。
横光利一、金子光晴、吉行エイスケ、武田泰淳、堀田善衛など多くの日本人作家の創造の源泉となった“上海”を、文学作品から当時の旅行ガイドに至る厖大なテキストに跡付け、その多層的魅力を活き活きと再現する、時を超えた“モダン都市”案内。

とある。そもそも過去の都市の状態を描くのに「テクストの言語都市」という文学者だけのテキスト解読だけでは限界があると思うが、日本の文学者とのかかわりを中心に見た上海とはなんなのだろうか?

それをフォローしてくれるのが、「日本人の上海体験」という項目の30冊の20年〜40年代に出版された書物である。さらに上海事典としてアヘン、内山書店、ジャズ、ユダヤ人、白系ロシア人などの当時の上海を知るためのキーワードが網羅されて、「魔都上海」と称された多面的な街の肖像を理解するための概念が示される。





タグ:上海 江南
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