2015年05月30日

連環画の展覧会が京都で開かれている―知られざる中国〈連環画 (れんかんが)〉

上海郊外の狭い書店で昔の連環画を見つけて購入した。〈連環画 (れんかんが)〉とはウィキペディアによれば

連環画(れんかんが)とは、中国で20世紀初頭に発行された、一連の物語を1ページ大の挿絵と見出し文で表現する掌サイズの絵本である。連環画は中国における漫画の形式であると考えられている[1]。

とされている。漫画と違うのは絵が主体ではあるが、フキダシのような台詞のくくりがない、コマ割がないということか。いずれにせよ絵が主体ではあるが劇画・マンガとは違う。西洋のコミックとかバンドデシネと呼ばれている大判の画集とも違う。別なものとだろう。

7月まで開催しているらしいので、見に行きたい気もする。
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知られざる中国〈連環画 (れんかんが)〉
http://www.kyotomm.jp/event/exh/renkanga.php

2015年4月25日(土)〜7月5日(日)
◇開館時間:午前10時〜午後6時(最終入館は午後5時30分)
◇休館日:毎週水曜日、4/30、5/7、6/1〜4
※4/29、5/6は開館
会場 京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー4
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 連環画ポスター



上は三国志の連環画で現在も発売されている。


なお以前にも日本で展覧会があったらしいが、連環画だけで展示するのは初めてではないか? 

本展監修にあたる中国文化研究者・武田雅哉氏(北海道大学大学院文学研究科教授)より借用した300点を超える連環画コレクションを下記のテーマに合わせて展示。なお、内容は北海道大学総合博物館で開催された展示「越境するイメージ――メディアにうつる中国」(2011年)


越境するイメージ――メディアにうつる中国
http://www.museum.hokudai.ac.jp/special/article/7/
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2014年07月27日

危うい中国の説話―『中国雑話 中国的思想』(酒見賢一 文春新書 2007年)

中国というのは歴史が長いのと。近代社会(ここでいう近代社会とは資本主義的なグローバル経済の社会である)に参入してきたのが遅かったので、けっこう謎というか、よくわからない部分も多い。そのあたりは『おどろきの中国』( 橋爪 大三郎、大澤真幸、 宮台 真司 講談社現代新書 2013年)にある程度は事情がフォローされている。
ただ、伝統的に流布されている逸話などは正面から解説している本は少ない。

中国雑話 中国的思想』(酒見賢一 文春新書 2007年)は
なかなか皆が知りたかったことなどを教えてくれる。なかでも仙人の項目はフィクション以外の問題も含んでいて、気功や太極拳などに仙人・仙道の実技の部分があるのでは、と書いている。
また、中国拳法、王向斎の項目では、武術の資料が少ないなかで基本的・歴史的に明らかにしようと苦闘していることが伝わってくる。






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2014年07月26日

華人の都市形成とチャイナ・タウン―『海域アジアの華人街』(泉田英雄 学芸出版社 2006年)など

南シナ海を中心に見立てて、その周囲の地域の中国系移民・華人の住居やコミュニティを具体的・歴史的に探った本で、詳細に現地調査も交えて報告している。

個人的には5章 植民地支配とチャイナタウンの項目が興味深かった。「街路の景観の整備―庇と連続歩廊」(188ページ)では街屋という装置でつくられている、という点である。
街屋は二つの特徴を指摘して、
街路に沿ってほぼ金一の間口幅で並んでいること
道端から1〜1.5メートル後退して建てられていること
としている。
おもしろいのは屋根付き通路の件で、日本の積雪地方には雁木(がんぎ)といいうものがつくられたし、バタフィアではカキ・リマ(マレー語)と呼ばれているということ。
シンガポールではラッフルズが都市計画(1822年)の一環としてアーケード付きのショップハウスを設定したという。さらにマレー半島でもイギリス保護領になるとともに都市計画が導入(1887年)されて、それが街を形成していった。たとえばマレーシアのペナン島ではプラカナン文化(中華系文化)ということで街並みが観光地となっている。

台湾では台湾近代化としてアーケード設置が進められ、日本統治時代も引き続き推進していった(残念ながら最近では再開発で取り壊されて、近代的な普通のビルになってしまってきている)。伝統的な中国建築では亭子脚や騎楼と呼ばれるアーケードがあるが、この本では公的歩廊として設置されたものではない、として景観整備が主要目的だったのとは違って、熱帯の日よけと雨よけの目的が大きいと指摘している。




海域アジアの華人街』(泉田英雄 学芸出版社 2006年)

いっぽう
中国の歴史都市―これからの景観保存と町並みの再生へ』(大西 国太郎+朱 自(火に宣の文字)編 鹿島出版社 2001年)
は中国の歴史的都市と街をコンパクトに説明して、現状の保存状態と今後の景観保存の問題点など完結に叙述されている。図版・図面も豊富でまとまっている。ノンブルが真ん中にあるのは探しづらい、このような類の本はついては常に目次からページをチェックする可能性が高いため、おしゃれなデザインよりも機能性を重視すべきである。


リンクに表示されるテキスト



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2014年07月17日

西欧近代批判として機能するか? 「いまなぜ儒教か」(『現代思想』2014年3月号 青土社)の特集を読む。

「現代思想」(2014年3月号 青土社)の特集「いまなぜ儒教か」を読む。東西冷戦が終結し、歴史が終焉したとも語られた現代ではあるが、西洋近代とそれに追いつき追い越せとばかりに経済成長にまい進してきた戦後日本社会のあり方を根底から批判する視座が求められていると感じる。

たとえば保守派と目される京都大学の佐伯啓思は、『「欲望」と資本主義』(講談社 1993年)など近代(現代)社会と経済を批判する一連の著作を上梓しているが、それを突破ないし、克服する道は示されてはいない。さしあたり読み取れるのはかつての伝統的な慣習・規範の再評価らしいが(?)さすがに戦前が良かったとは言っていない。さてその場合参照されるのは具体的にはなんだろうか?

それは加地伸行がいう「教養」なのかもしれない。簡単にいえば倫理の再考であり、社会の再定義である。西欧近代の帰結である「自由主義」の限界というか、経済の自由主義によって人間や社会がきしみだしていることについての批判として権威や秩序の再考である。

西欧近代批判として機能するか?





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2014年03月27日

『ゴジラとは何か』ピーター・ミュソッフ著/小野耕世訳(1998年 講談社)

『ゴジラとは何か』ピーター・ミュソッフ著/小野耕世訳(1998年 講談社)アメリカにおけるゴジラ映画とゴジラというキャラクターの受容を描いた本。
批評家のスーザン・ソンタグは東宝の特撮映画などをキッチュと類似する概念として「キャンプ」という言葉を提唱した。
この本のなかでゴジラというものが、それに近いものとしてアメリカでは受け止められている。具体的にはベンという東部に住む平均的な大学生の手紙を紹介して、多くのアメリカ人はゴジラ映画は「ガラクタ」の集約であるという。「低予算と短い製作期間によって生み出された製作者の創意工夫、心意気、愉快なナンセンスを楽しみたくて」見るのだという。(P20)
他にも対抗文化との関連(アメリカのファンはヒッピー的な人)、他者としての東洋(日本の象徴)としてみる、核エネルギー=近代文明批判、オリエンタリズム、悪のイメージとして描かれる等々…。

この本はハリウッドでゴジラがつくられた後に書かれたために、ハリウッド版ゴジラについて言及するなかで、アナログゴジラを擁護している。ゴジラの醍醐味は「ミニチュアの都市、乗り物などの模型と、そこをボディ・スーツのゴジラがのっしのっしと歩きまわるという、この上ない楽しさにあったのだから」と日本のオタクたちとほぼ同様の視点で魅力を感じている。


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2014年03月26日

相倉久人『至高の日本ジャズ全史』

相倉久人『至高の日本ジャズ全史』(2012年 集英社新書)は変な本である。タイトルだけをみると日本ジャズの通史のような気がするが、そうではない。

戦前のことがまず少ない、二村定一や川畑文子など数名の名前が挙げれるのみ、ごく簡単に触れておなざりな記述である(基本的に知らないのと調べる気もないのでは…)。そして一気に戦後の話になる、著者が体験した1950年代のジーン・クルーパのエピソードが語られる。そう、これは個人の体験でみた極私的ジャズ史なのである。

その意味では60年代からのフリージャズなどの新しい動きに対するかかわりなどの事例には事欠かないようで、なかなか面白い。しかし70年にはジャズや文化活動に興味を失い(著者の言)。それによりこの流れは頓挫してしまう。というか中断してしまう。

本来はフリージャズでもシカゴ派やヨーロッパでの展開、それ以外にもマイルス動きやファンクなどの再評価などそれぞれ興味ぶかいのだが、著者の範囲外にある世界だ。

あくまで個人のかかわったジャズという理解でしかない。最後に何故かミュージシャンの菊池成孔との対談が納められているが、これも蛇足感がある。興味を失った時点で終了してよかったし潔い良いという印象だったのだが。






タグ:ジャズ 音楽
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2012年08月21日

『絵筆のナショナリズム』柴崎信三(幻戯書房 2011年)を読む

『絵筆のナショナリズム』柴崎信三(幻戯書房 2011年)を読んだ。藤田嗣治と横山大観という洋画と日本画で戦争画を積極的に描いていった二人の画家を描いたノンフィクション。

藤田についてはそれなれにフォローしているが、大観についてはあまり迫りきれていない。加えて著者のスタンスも戦争画についての検討とは別に旗振り役の藤田・大観という位置づけなので、なぜこの二人なのかという理由があまり説得的ではない。はじめに、で「東洋と西洋という異文化の衝突を探り、ジャポニスムとナショナリズムという二つの運動の相克を通して『メディア』としての絵画がとりもつ日本人の美のトポス<場>を見据えてみたい」とあるが、どうも中途半端な印象がある。これまでの研究書をなぞっている感もあり、独自性としてはオリエンタリズムとしての<ジャポニズム>が現在のクール・ジャパンに再生しているとする見方だが、それも安易に<日本の美>という概念を無前提に描いていて、それがナショナリズムの自己愛の表象として機能している、とするのはしばしば日本として語られる言説にみられる、類型的な見方に陥ってはいないだろうか。


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2012年02月01日

金正男(キム ジョンナム)は意外にくだけた男だった

昨年12月末の金正日総書記の死はアメリカや日本、韓国などに衝撃を与えた。それは各国首脳部が異変を察知できず唐突にその情報を受け入れたからだ。金正日が亡くなったと報じられたときに一瞬、政府関係部署に緊張が走り、対応を注目していたが結局は三男の金正恩氏への権力移譲=権力の世襲が確認されたときは、むしろ安堵の声が漏れていたのではないだろうか。

ところで東京新聞の記者が書いた『父・金正日と私 金正男独占告白』(五味 洋治 文芸春秋 2012年)は金正男に長時間インタビューした記録として注目にあたいする本だろう。

現在はマカオや北京などで西側と北朝鮮の連絡に関わる仕事をしているとみられる金正男氏だが、驚くほどにストレートに、率直に意見を表明しているらしい。

五味 洋治はあちことの雑誌で金正男氏について語っているが、それによると柔軟で話のわかる人物だという。そして彼は後継者争いに敗れたことに忸怩たる思いをもっているようだが、中国の後ろ建てを受けて、北朝鮮を改革開放の社会にしたいと考えているようだ。今しばらくは彼の出番はないようだが、ひとたび何らかの政変なり、政権人事の危機が起これば自分の役割がでてくるだろうと考えている、ということだ。






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2010年06月15日

中国で3D新聞が発売

3D

まあ、日本でもあった赤と青のセロファンの眼鏡をかけてみるやつ。
しかし文字はそうとう読みにくいと思うから、基本的に写真新聞という感じだろうね。

そういえばいまの3D映画・TVも眼鏡をかけるんだけどね。


ザイーガ ↓から
中国で発刊された3D新聞。ワールドカップの名シーンが3Dで見られると人気急上昇
Dhttp://www.zaeega.com/archives/51093143.html
タグ:3D 眼鏡 新聞
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2010年05月02日

生人形について

川村邦光編『セクシュアリティの表象と身体』(臨川書店 2010年)
のなかの「第1章 生人形とセクシュアリティの変容 −「色」の展開とその受容」(竹原明理)がおもしろい。

あまりとりあげられることのない「生人形」をテーマとして
裸体の問題を考察している。



【 目次 】
第1章 生人形とセクシュアリティの変容 −「色」の展開とその受容 (竹原明理)
幕末期に生まれ、見世物として人気を集めた“生人形”。その生々しい裸体表現を娯楽として許容した近世の文化的背景が、近代化を経て変容する様を追う。

第2章 変態するナオミ ―モダンガールの身体とセクシュアリティ (川村邦光)
断髪やハイヒール。モダンガールを象徴する洋装の流入は、それを身に纏う彼女たちにどのような身体的・意識的変革をもたらしたか。

第3章 誰がために海女は濡れる ―日本海女写真史略 (菊地 暁)
20世紀初頭から現在に至るまで、日本の海女が、被写体として多くの写真家たちを魅了し続けているのはなぜか。“海女”写真を紹介しながら考察する。

第4章 〈誤認〉する男 
     ―宝塚歌劇『琥珀色の雨にぬれて』とホモソーシャルな三角形の中の女性 (東 園子)
「宝塚」ファンの女性にとって、男役はなぜ魅力的なのだろうか。2002年上演の舞台『琥珀色の雨にぬれて』の登場人物分析を通じて考察する。

第5章 ゴスロリはセクシュアルなまなざしとどう戦うか (水野 麗)
ゴシック・ロリィタファッション(通称ゴスロリ)を愛好する人々は、周囲からの性的な視線にどう対応しているか。フィールドワークに基づく分析。

第6章 海外BDSM界における<日本>イメージ ―快楽の活用とジェンダー (坂井はまな)
海外のSM雑誌やショーにみられる日本人の性的イメージとその歴史・文化的背景について、ジェンダー論の見地から論じる。

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